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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)236号 判決 1992年12月16日

岐阜県岐阜市宇佐3丁目5番5号

原告

株式会社ユタカコンサルタント

代表者代表取締役

清水義雄

訴訟代理人弁理士

恩田博宣

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

宇山紘一

長澤正夫

奥村寿一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、同庁昭和63年審判第4649号事件について、平成元年8月24日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年2月16日、名称を「延線時における張力変動抑制方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和56年特許願第21850号)をしたが、昭和63年2月26日に拒絶査定を受けたので、これに対し、昭和63年3月17日、不服の審判の請求をした。

特許庁は、これを昭和63年審判第4649号事件として審理したうえ、平成元年8月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月25日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別紙審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願発明の要旨を前項記載のとおりに認定し、特開昭56-12810号公報(以下「引用例」といい、その発明を「引用発明」という。)を引用し、本願発明は引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由

審決は、引用例の記載事項の認定を誤り(取消事由1)、その結果、引用発明と本願発明との対比において、一致点でないものを一致点と認定し(取消事由2)、引用発明の作用効果についての認定を誤り、本願発明と引用発明との作用効果の相違点を看過した(取消事由3)ものであるから、取り消されなければならない。

1  取消事由1

審決は、引用例には、「延線区間の鉄塔に吊下された金車(「釣車」)上において金車に加わる荷重を計測し、その荷重に基づいて電線の延線張力を演算する」旨の記載があるとしているが、引用例に「その荷重に基づいて電線の延線張力を演算する」ことは、開示も示唆もされていない。

すなわち、引用例に記載されているのは、「鉄塔に釣車に取付ける吊りワイヤに作用する張力を検出し、この張力が予め定めた値となった時、」(甲第5号証2欄15~17行)、「本発明の釣車は、枠構と、この枠構内に設けられた枠構を鉄塔に取付ける吊りワイヤに作用する張力を検出する張力検出手段と」(同2欄19行~3欄1行)等と記載されているだけで、釣車を吊る吊りワイヤに働く張力を検出することは記載されているが、延線張力を演算することは記載されていない。また、引用例は、「釣車はケーブルに作用する張力が予め定めた値以上となれば、延線を補助する方向に張力に対応するトルクで駆動されることとなるので、延線張力の増大に従ってケーブルに作用する張力の増大を防止することができる。」(同5欄4~8行)と記載されているように、吊りワイヤの張力が増大すれば必ず延線張力も増大することを前提としている。しかし、吊りワイヤの張力が増大したとしても、延線張力は、必ずしも増大しない。

延線張力をT、荷重をW、電線の金車に対する抱き角をβとすると、T=W/2sin(β/2)となる(甲第2号証3頁12行)。つまり、荷重Wは、W=2Tsin(β/2)であるから、荷重Wすなわち引用例における吊りワイヤに働く張力は、延線張力かあるいは抱き角が増大する場合に増大することになる。つまり、抱き角のみが増大し、延線張力が増大しなくても、荷重すなわち吊りワイヤに働く張力が増大することがありうることになる。したがって、荷重Wすなわち吊りワイヤに働く張力を検出したからといって、延線張力を演算したことにはならない。

被告は、この点につき、「引用例に記載されたものは、その目的、作用効果からみて明らかなように、基本的に電線の延線張力を把握することが不可欠なものであり、その電線の延線張力を金車に加わる荷重に基づいて把握しているのである。」と主張する。しかし、すでに述べたとおり、引用例は、抱き角が変化しても、吊りワイヤの張力(荷重)が増大すれば必ず延線張力も増加するという誤った認識のもとにされた技術である。

また、被告は、「抱き角βをパラメータ値として考慮しなくても良い場合が想定できないことはないはずであり、抱き角βを一定値としてみることで・・・・金車に加わる荷重のみからでも延線張力の演算がなされうる。」と主張する。しかし、引用例には抱き角を一定にするための構成は全く記載されておらず、示唆もされていない。かえって、引用例の金車は揺れる構成として記載されており、したがって、抱き角も変動する構成であることが読み取れるのである。このため、引用発明においては、プロテクタが通過するときは、プロテクタと金車間の摩擦抵抗が増え、金車はプロテクタにより押されてウインチ側に揺れるものとなっている。すると、当然に、金車に対するプロテクタ又は電線に対する抱き角が変化する。しかも、抱き角も測定していないから、引用例の技術が延線張力を演算しているとする被告の主張は誤りである。

このように、引用発明は、上記の誤った認識の下にされた未完成の発明であり、審決は、未完成発明をもとにして本願発明の進歩性を判断したものである。

2  取消事由2

審決は、引用例には、「延線張力が増加したときにはこれを減らすように金車の回転速度をコントロールし、電線にかかる張力を可及的に小さくする延線時における張力変動抑制方法」が記載されているとしている。

一般に、延線時にプロテクタが金車を通過するときには抵抗が増す。このため、ウインチ側はそれに伴って張力を増加する方向で働くため、より引っ張ることになる。そうすると、系全体の延線張力が増大する。このような状態のとき、引用発明は、金車の吊り下げ荷重の増加を探知して金車を積極駆動しようとするものであるから、延線車側の張力K1は積極駆動分だけ増加する。ウインチ側は同じ張力K2で引っ張っているので変化はない(ただし、プロテクタの抵抗のために金車の吊り下げ荷重が増加する分は増加することが前提である。)。したがって、引用発明では、必ず過渡的には延線車側で金車の駆動力分の張力が増大する。

一方、本願発明はプロテクタの抵抗のためにウインチ側の張力が増大すると延線車側のバックテンションを一定値より低下させるように延線車からの電線の送り出し速度を制御するので、K2からK1を差し引いた張力の差が増大し、プロテクタを乗り越えることができる。この場合、ウインチ側の張力K2は変化しない。

すなわち、プロテクタの金車通過時のように抵抗が増加し、電線の延線張力が増大したときには、これに対処するため、引用発明では、必ず金車を積極駆動する分、延線車側の張力K1は増大するのに対して、本願発明では、同様に抵抗が増大しても、延線車側の張力K1は増加することなく、むしろ低下することになるため、電線に張力のかからない状態から見たとき、引用発明では、本願発明に比較して、最高張力は常に大きくなる。

したがって、審決の上記認定は誤りである。

3  取消事由3

審決は、相違点<1>について、「よりきめ細かく対応したいという必要に応じて容易に想到しえた程度のことと認められる」というが、引用発明において、金車の吊り下げ部にかかる荷重を測定することと、本願発明において、金車の荷重と抱き角を測定して、この両者から延線張力を演算することは程度の差ではない。上記のとおり、引用発明において、金車の吊り下げ荷重を測定したところで、それのみから延線張力を演算することは、全くできないものである。

また、審決は相違点<2>について、「電線の送りのコントロールをその電線送り車として最も通常的な延線車に対して行うことは容易に想到しえた程度のこと」、「延線張力のコントロールをその延線張力が減少したときにもなしうるようにすることは、よりきめ細かく対応したいという必要に応じて容易に想到しえた程度のこと」というが、誤りである。確かに、延線車のバックテンションを増大させるように又は減少させるように、それぞれ延線車の電線送り出し速度をコントロールすることは従来周知であった。しかし、本願発明のように、金車における荷重と抱き角から延線張力を演算して、これを延線車にフィードバックし、延線車の電線送り出し速度をコントロールする技術は全く新規であり、この新規な構成により延線張力の変動を可及的に小さくするのであるから、本願発明は、従来の延線車における延線張力のコントロールよりも格別な効果を奏するものであり、これを容易に想到しえた程度ということはできない。

さらに、審決は、「本願の発明を全体としてみても格別の効果があるとは認められない」というが、本願発明は、引用発明に比較して張力の減少という顕著な効果を発揮するのであり、審決は、この点を看過したものである。

第4  被告の反論

1  取消事由1について

原告は、引用例には、「電線の延線張力を演算することは記載されていない。」と主張するが、引用発明は、その目的、作用効果からみて明らかなように、基本的に電線の延線張力を把握することが不可欠なものであり、その電線の延線張力を金車に加わる荷重に基づいて把握しているのである。そして、電線に加わる荷重に基づいて把握している以上、電線の延線張力、金車に加わる荷重相互の相関関係も把握され、実質上何らかの演算がされているということから、審決は、この演算があって電線の延線張力を把握していることを称して「電線の延線張力を演算し」と表現したのである。したがって、そのような趣旨でした審決に誤りはない。本願発明における「電線の延線張力を演算し」も、電線の延線張力を把握するという引用発明と同様の趣旨のものであって、審決が先のような趣旨で「電線の延線張力を演算し」の表現を用いたことは、相当である。

原告は、「荷重すなわち吊りワイヤに働く張力を検出するからといって、延線張力を演算したことにはならない。抱き角βの検出も必須である。」と主張するが、抱き角βがさほど変動しない場合など抱き角βをパラメータ値として考慮しなくてもよい場合が想定できないことはないはずである。抱き角βを一定値としてみることで、T=kW(T:延線張力、k:一定値抱き角を含めた係数、W:金車に加えられた荷重)をもとに、金車に加わる荷重のみからでも、近似的に延線張力の演算がされるから、原告の主張は失当である。

2  同2について

引用例に「延線張力が増加したときにはこれを減らすように金車の回転をコントロールし、電線にかかる張力を可及的に小さくする延線時における張力変動抑制方法」が示されていることは、引用例に記載されたものの目的、作用効果からして明らかであるから、その旨を述べた審決に誤りはない。

原告は、本願発明は、引用発明に比して金車の延線車側もウインチ側も延線張力をより可及的に小さくするものであるとも主張するが、たとえそれが肯定できたとしても、その作用効果は、審決が相違点<2>として取り上げ、かつ、容易に想到しえたものと認定した「電線の送りのコントロールを延線車で行う構成」に基づくものであり、その構成から当然に予測しうるものであって、これを格別の作用効果とすることはできない。

そもそも、電線に駆動力を与えるという点でみれば、本願発明が延線車で、すなわち、後方位置で行っているのに対し、引用発明においては、金車で、すなわち、中間位置で行っているという違いがあるだけであるから、駆動力が同じであれば、両者の前方ウインチ側位置の電線の延線張力に違いが生ずるはずはない。

3  同3について

原告は、本願発明の作用効果に格別なものがあると主張するが、審決の述べるとおり、それは、電線の送り出しを延線車で行い、延線張力の演算を抱き角をも考慮して行う構成に基づくものであり、その構成から当然に予測できるものであって、これを格別の作用効果ということはできない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1について

甲第5号証によれば、引用例には、引用発明の目的・効果について、「本発明は・・・ケーブルの釣車通過に際し大きな延線張力を必要とする場合には、ケーブルに送りを加え延線張力、従ってケーブルに作用する張力の増大を防止する釣車を提供することを目的とする。本発明においては、鉄塔に釣車に取付ける吊りワイヤに作用する張力を検出し、この張力が予め定めた値となった時、釣車をケーブルを送る方向に駆動することによって前記目的を達成している。」(同号証2欄10行から18行まで)との記載があり、また、引用発明の実施例の構成の説明に続き、次の記載があることが認められる。

「上記構成の本発明において、ケーブルCの釣車通過に際しケーブルの自重又はジョイントプロテクタの通過により・大きな延線張力が必要となったとする。すると、ケーブルに作用する張力によりフレーム(1)が下方に引張られ、吊りワイヤ(11)には張力が作用し、張力検出シリンダ(3)内のピストン(9)はシリンダ内で相対的に上方に移動する。張力が増大し予め定めた値をとり、ピストン(9)が環状溝(12)を閉塞し始めると、吐出量調整シリンダ(15)への送油量は次第に減少し溝(12)を全閉するに至って0となり、ポンプ(14)はその吐出量を次第に増し最大吐出量となる。これにより、油圧モータ(4)は、吊りワイヤ(11)従ってケーブルCに作用する張力に応じた駆動力が加えられることとなる。

従って、釣車(2)はケーブルに作用する張力が予め定めた値以上となれば、延線を補助する方向に張力に対応するトルクで駆動されることとなるので、延線張力の増大従ってケーブルに作用する張力の増大を防止することができる。

なお、ケーブルに作用する張力が減少すれば、溝(12)は全開されポンプ(14)のの吐出量は0となり、油圧モータ(4)は停止し釣車(2)は通常の釣車と同様ケーブルの延線につれ空転される。」(同4欄9行~5欄12行)

上記の記載によれば、引用発明において釣車(本願発明の金車に相当することは、当事者間に争いがない。)に取付ける吊りワイヤに作用する張力は、ケーブルに作用する張力すなわち電線の延線張力と相関関係にあり、前者を検出することは後者を検出するための手段とされていることが明らかである。

この点につき、原告は、電線の延線張力を知る方法として従来から知られているところのT=W/2sin(β/2)の式(甲第2号証3頁5行~13行)を根拠として、この式は、W=2Tsin(β/2)と書き換えることができるから、延線張力が増大せず、抱き角のみが増大しても、吊りワイヤに働く張力は増大することが明らかであり、したがって、引用発明のように、吊りワイヤに働く張力を検出したからといって、延線張力を演算したことにはならないと主張する。

しかし、上記式から明らかなように、荷重Wは、2sin(β/2)を係数として延線張力Tに正比例するから、抱き角βが大きく変化しない一定の範囲内においては、延線張力Tの増減は荷重Wの増減として把握することができるというべきである。したがって、引用発明において、吊りワイヤに働く張力(荷重W)を検出することは、この値から延線張力を算出する手段として十分に意義あることが明白である。すなわち、引用発明においては、金車に加わる荷重を検出し、この値を算出パラメータ値として、これに基づいて延線張力を算出しているものと認められる。そして、審決がこの算出過程を「演算」と表現したことは、前示審決の理由に照らし明らかである。

以上の考察からすれば、審決が引用例に、「延線区間の鉄塔に吊下された金車(「釣車」)上において金車に加わる荷重を計測し、その荷重に基づいて電線(「ケーブル」)の延線張力を演算」することが記載されていると認定したことは相当である。そして、審決は、これを前提として、「本願の発明が、電線の延線張力の演算を、引用例に記載されたもののように金車に加わる荷重だけに基づいて行うのではなく、金車に加わる荷重と金車に対する抱き角の二者に基づいて行つている点」を相違点<1>として取り上げたうえ、本願発明と引用発明とは、「延線区間の鉄塔に吊下された金車上において電線の延線張力の算出、パラメータ値を計測し、それに基づいて電線の延線張力を演算し」ている点で一致していると認定しているのであるから、この認定に、違法の点は見当たらない。

よって、原告主張の審決取消事由1は理由がない。

2  同2について

前示認定の引用例の記載によれば、引用発明において、ジョイントプロテクタを通過させる場合のように、電線を延線方向へ引っ張る大きな駆動力が必要となった場合、「ケーブルに作用する張力によりフレーム(1)が下方に引張られ、吊りワイヤ(11)には張力が作用し、・・・油圧モータ(4)は、吊りワイヤ(11)従ってケーブルCに作用する張力に応じた駆動力が加えられることになる。従って、釣車<2>はケーブルに作用する張力が予め定めた値以上となれば、延線を補助する方向に張力に対応するトルクで駆動されることとなるので、延線張力の増大従ってケーブルに作用する張力の増大を防止することができる」ことが認められる。

すなわち、引用発明においては、釣車を通過する電線の張力が増大した場合、釣車は、この張力の増大に対応するトルクで駆動され、その結果、電線は一定量釣車を越えてウインチ側へ送り出されるから、ウインチによる電線の巻取り速度及び延線車による電線の送り出し速度が直ちには変動しないとすれば、釣車の駆動力に相当する分、延線車側の電線は引っ張られて、その張力が増加する反面、ウインチ側の電線は緩み、張力が減少することになる。このことは、甲第7号証の3及び同8号証の5により認められる一般のベルト伝動装置において調車を駆動したとき、進入側のベルトの張力が退出側のベルトの張力より小となり、この両張力の差が有効回転力となるという技術常識からも裏付けられる。したがって、引用発明の場合、ウインチ側の張力は同じであるとの原告の主張は、採用できない。

原告は、上記のように金車を通過する電線の張力が増大した場合、本願発明は、引用発明と異なり、延線車側のバックテンションを一定値より低下させるように延線車からの電線の送り出し速度を制御するので、ウインチ側の張力は変化しないが、延線車側の張力は低下すると主張する。

しかし、本願発明においても、延線車からの電線の送り出し速度を増加させることにより、延線車側の張力を減少させ、これにより電線が金車を越えてウインチ側に送り出された場合、ウインチによる電線の巻取り速度が直ちには変動しないとすれば、この送り出された分ウインチ側の電線は緩み、その張力は減少するといわなければならないはずであり、結局のところ、この場合における引用発明と本願発明との相違は、延線車側における一時的な張力の増減に帰着し、この相違は、審決が相違点<2>として認定した電線の送り出しの制御を、引用発明のように中間位置の釣車でするか、本願発明のように後方位置でするかの違いによって生ずるものと認められる。

そうとすると、審決が、上記相違点<2>があることを認識したうえ、引用発明と本願発明とが、「延線張力が増加したときにはこれを減らすように前記電線送り車の回転速度をコントロールし、電線にかかる張力を可及的に小さくする延線時における張力変動抑制方法」の点で一致すると認定したことに誤りはない。

原告の審決取消事由2は、採用できない。

3  同3について

電線の延線張力が、金車に加わる荷重と金車に対する電線の抱き角により算出できることが、本願出願前すでに当業者に既知の事項であったこと、電線の送り出しの制御を延線車で行う構成が従来から通常の方法であったことは、当事者間に争いがない。また、前示認定の事実によれば、引用発明は、金車上において金車に加わる荷重を計測し、その荷重に基づいて電線の延線張力を算出し、その算出した値に応じた信号を金車に入力し、延線張力が増加したときには、これを減少させるように金車の回転速度を制御して、電線の延線張力を可及的に小さくする装置の発明であることが明らかである。

そうすると、この引用発明に上記既知の事項及び方法を適用し、金車に加わる荷重のみならず、電線の抱き角をも計測することとし、その計測値に基づいて電線の延線張力を演算して、その演算値に応じた信号を電気信号として、電線の送り出しの制御を行うものとして従来から用いられている延線車に入力し、延線張力の増減に応じて、電線の送り出し速度を増減できるように、延線車の回転速度を制御し、もって、電線にかかる張力を可及的に小さくすることに想到し、本願発明に至ることは、当業者にとって、格別の困難があるとは認められない。

そして、このことからすれば、原告が格別のものと主張する効果はいずれも、上記技術事項から容易に予測できる程度のものというほかはなく、その顕著な効果の看過の主張も理由がないことが明らかである。

原告の審決取消事由3の主張も失当である。

4  以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)

昭和63年審判第4649号

審決

岐阜宇佐3丁目5番5号

請求人 株式会社ユタカコンサルタント

岐阜県岐阜市端詰町2

代理人弁理士 恩田博宜

昭和56年特許願第21850号「延線時における張力変動抑制方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和57年8月21日出願公開、特開昭57-135606)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和56年2月16日の出願であつて、その発明の要旨は、昭和62年11月19日、昭和63年4月8日付け各手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「延線区間(S)の鉄塔(2)に吊下された金車(3)上において金車(3)に加わる荷重、及び金車(3)に対する引きワイヤ又は電線の抱き角を計測し、その荷重と抱き角に基づいて引きワイヤ又は電線の延線張力を演算し、その演算値に応じた電気信号を延線車(1)に入力し、前記延線張力が増加したときにはこれらを減らすように延線車(1)からの電線の送り出しスピードを増加させ、延線張力が減少したときにはこれを増やすように延線車(1)からの電線の送り出しスピードを減少させて延線車(1)の回転速度をコントロールし、引きワイヤ又は電線にかかる張力を可及的に小さくすることを特徴とする延線時における張力変動抑制方法。」

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された特開昭56-12810号公報(以下「引用例」という。)には、・延線区間の鉄塔に吊下された金車(「釣車」)上において金車に加わる荷重を計測し、その荷重に基づいて電線(「ケーブル」)の延線張力を演算し、その演算値に応じた信号を金車に入力し、前記延線張力が増加したときにはこれを減らすように金車の回転速度をコントロールし、電線にかかる張力を可及的に小さくする延線時における張力変動抑制方法・が記載されている。

そこで、本願の発明と、引用例に記載されたものとを対比すると、両者は、・延線区間の鉄塔に吊下された金車上において電線の延線張力の算出パラメータ値を計測し、それに基いて電線の延線張力を演算し、その演算値に応じた信号を電線送り車に入力し、前記延線張力が増加したときにはこれを減らすように前記電線送り車の回転速度をコントロールし、電線にかかる張力を可及的に小さくする延線時における張力変動抑制方法・の点で一致し、本願の発明が、電線の延線張力の演算を、引用例に記載されたもののように金車に加わる荷重だけに基いて行うのではなく、金車に加わる荷重と金車に対する電線の抱き角の二者に基づいて行つている点(相違点<1>)、本願の発明が、回転速度をコントロールされる対象たる電線送り車として、引用例に記載されたもののように金車でなく、延線車を特定し、さらに、そのコントロールを延線張力が減少したときにもなしうるようにしている点(相違点<2>)、で一応相違している。

そこで、それら相違点について検討する。まず、相違点<1>については、電線の延線張力が、金車に加わる荷重だけでなく金車に対する電線の抱き角にも関連するものであること、すなわち、その抱き角が延線張力の算出パラメータの一であることは、引用例における「ケーブルの抱き角60°の時、平常の延線張力の約1.5倍の延線張力を必要とする。」(第2欄第5~7行)の記載、或いは、本願の従来技術に関する記載(特に第3頁第5~13行)からも窺えるように既知の事項と認められ、本願の発明が先の相違点<1>をなすように構成することは、よりきめ細かく対応したいという必要に応じて容易に想到しえた程度のことと認められる。また、相違点<2>については、延線車は電線送り車として最も通常的なものであり、電線の送りのコントロールをその電線送り車として最も通常的な延線車に対して行うことは容易に想到しえた程度のことと認められ、さらに、延線張力のコントロールをその延線張力が減少したときにもなしうるようにすることは、よりきめ細かく対応したいという必要に応じて容易に想到しえた程度のことと認められる。そして、本願の発明を全体としてみても格別の効果があるとは認められない。

したがつて、本願の発明は、引用例に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よつて、結論のとおり審決する。

平成1年8月24日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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